昨年6月より順次刊行されていた、吉田秀和さんの『名曲の楽しみ「モーツァルト その音楽と生涯」』が先週最後の第5巻が刊行されて遂に完結しました。まことに嬉しいかぎりです。
シリーズの新刊の発売日間近になると、毎日本屋さんに行ってそわそわしていた1年でした。
全巻揃って本当に幸せな気持ちです。近年これほど待ち焦がれた出版物は記憶にありません。
この本は、生前の吉田秀和さんが41年間続けたNHK-FMの「名曲の楽しみ」の中から、1980年4月から87年2月まで続いたモーツァルトの作品解説の集大成です。
私は時々しか聞けませんでしたが、朴訥とした独特の口調で聴取者に淡々と語りかける分かりやすい解説は、今でも鮮明に記憶していま
す。本の活字を追うだけで当時の放送が蘇ります。実際CDも付属しているので、ファンにはたまりません。
内容はその語り調をそのまま再現しているので、実に分かりやすく頭に入ってきます。洋書の日本語訳によくある、あの関係代名詞が続くような翻訳調に比較すると、読み心地は天地の差があります。
時系列にモーツァルトの殆ど全作品を扱っていますから、伝記としても作品解説としても読めます。
日本の日本人のためのモーツァルト解説本として歴史的な価値を感じます。
このように充実した中身もさることながら、この本の装丁も実に素晴らしいものです。特にカバーの絵画は芸術的で、モーツァルトの色彩豊かな音楽の世界を視覚的に見事に表現していると思います。
また、各巻の帯にあるコピーがとても好きなので、ここで転載させていただきます。
<第1巻>1761年-1772年
「名曲の楽しみ、吉田秀和です。またモーツァルトの作品を皆さまがたと一緒にきいていくことになりました。終わるまで何年かかるか私は存じませんが、気が向いたらどうぞ続けてきいてください」
<第2巻>1772年-1776年
「モーツァルトにとっての1773年は、イタリーの音楽の影響を十分に消化し、ウィーンへ行って、ドイツ・オーストリアの音楽の精神的な深みを汲み取る、そういう仕事をした年になるわけですね」
<第3巻>1777年-1782年
「彼はもっと広い大地で、自由な音楽家として、創造する芸術家として生きたいと思った。この1781年というのは、モーツァルトの大爆発があった、非常に重要な年になるわけです」
<第4巻>1782年-1786年
「モーツァルトは抒情的、歌謡的なものと、リズミックでダイナミックなものを表現する音楽と、その両方ができたんですね。だからやっぱりオペラの作曲家としての大天才だったということになる」
<第5巻>1787年-1791年
「モーツァルトはこれ以後いくつかの作品を書きましたけど、こんなに底抜けに明るくて、人の心をいつまでも突き刺すように染み通ってくる音楽を書く喜びを、もう何回も繰り返し味わうわけにはいかなかった」
これらの言葉からだけでもモーツァルトの生涯が浮かび上がってきます。これからずーっと何度も何度も読ませていただきます。出版に携われた多くの方々に深く御礼申し上げます。
そしてなにより、天国の吉田秀和先生、ありがとうございました。